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JOURNAL

2025.8.6

2025年版|最低賃金がクリニックに与える影響と賃上げ税制の活用

はじめに:なぜ今、最低賃金と賃上げ税制を知るべきなのか

最低賃金の増加に頭を抱えるクリニックの医師と、右肩上がりのグラフのイラスト

全国的な最低賃金の引き上げは、毎年多くのクリニックや病院にとって重要な経営課題です。
特に、2025年度の最低賃金は全国平均で過去最高の63円引き上げとなり、すべての都道府県で時給1,000円を超える見込みです。
この大幅な改定は、対応を誤れば人件費の増大や優秀な人材の離職に繋がるリスクがあります。

しかし、この変化は単なるコスト増ではありません。
賃上げに積極的な事業者を国が税制面で支援する「賃上げ促進税制」を賢く活用すれば、人件費の負担を軽減しつつ、従業員のエンゲージメントを高めるチャンスに変えることができます。

本記事では、医療法人・個人開業医専門の税理士法人シーガルが、最低賃金引き上げの最新情報から、クリニック経営に与える影響、そして賃上げ税制を最大限に活用する方法までをわかりやすく解説します。
 

 

2025年度版!最低賃金引き上げのポイント

中央最低賃金審議会目安に関する小委員会報告より

令和7年度 地域別最低賃金額改定の引上げ額の目安の表

厚生労働省の中央最低賃金審議会は、2025年度の最低賃金の目安について、全国平均で63円引き上げ、時給1,118円とする答申をまとめました。
これは、上げ幅・金額ともに過去最高水準です。
この目安通りに改定されれば、全都道府県で初めて時給1,000円を超えることになります。この大きな流れを理解し、早急な対策を講じる必要があります。
 

参考:首都圏の最低賃金推移

令和3年度から令和7年度までの首都圏の最低賃金推移を示す表

 

最低賃金改定がクリニック経営に与える3つの影響

最低賃金の引き上げは、単に給与計算の数字が変わるだけではありません。
クリニックの経営に以下の3つの重要な影響を及ぼします。

  1. 人件費の増大と経営圧迫のリスク
    最低賃金の上昇は、既存の給与水準全体を押し上げる要因となります。
    結果として、人件費の増大は避けられず、資金繰りを圧迫する可能性があります。
     

  2. 従業員の「扶養の壁」再燃と人材流出
    最低賃金が上がると、パート・アルバイトの時給も上がります。
    年収が社会保険や税金の扶養から外れる「扶養の壁」に近づくことで、「働き控え」が再燃し、人手不足がさらに深刻化するリスクがあります。
     

  3. 既存スタッフとの不公平感の発生
    新入スタッフの時給が上がり、長年勤めているスタッフとの給与差が縮まることで、不公平感やモチベーションの低下を招く可能性があります。
    クリニック全体の生産性を維持するためにも、公平な賃金設計が求められます。
     

最低賃金引き上げで直面する「扶養の壁」の再燃

最低賃金が大幅に引き上げられると、パートやアルバイトの時給もそれに伴って上昇します。
これは喜ばしいことのように見えますが、実は多くのクリニック経営者が直面する「扶養の壁」という新たな問題を引き起こす可能性があります。

「扶養の壁」とは、パートで働く方が一定の年収を超えると、配偶者の扶養から外れて自身で社会保険料や税金を支払う義務が生じ、結果として手取り収入が減ってしまう現象のことです。
この壁を意識して労働時間を減らす「働き控え」が再燃し、人手不足がさらに深刻化するリスクがあります。
 

最低賃金引き上げがパート・アルバイトの働き方に与える影響

時給が上がると、これまでと同じ時間働くだけで年収が上がりやすくなります。

例えば、2024年度の東京都の最低賃金である時給1,163円で、扶養の範囲内である103万円の年収を得るためには、年間で約886時間働く必要がありました(103万円 ÷ 1,163円 ≒ 885.6時間)。

しかし、2025年度の目安である時給1,226円に引き上げられると、同じ103万円の年収を得るためには、年間で約840時間働けばよくなります(103万円 ÷ 1,226円 ≒ 840.1時間)。

これは、時給が63円上がったことで、年間約46時間(月に約4時間)も働く時間を減らしても、同じ年収を得られることを意味します。
この「働く時間の減少」が、クリニックの人手不足をさらに深刻化させる可能性があります。
 

経営者が知っておくべき「社会保険の壁」と「税制上の壁」

クリニックの経営者としては、従業員がどの「壁」を意識しているのかを正しく理解しておくことが重要です。
扶養の壁には、所得税と社会保険の2つがあり、それぞれ年収のラインが異なります。

年収の増加と扶養の壁の関係を示すグラフ。103万円、106万円、123万円、130万円といった所得税と社会保険の壁が示されている。
  • 所得税上の「扶養の壁」

    103万円の壁:以前から所得税の課税対象となる年収の境目として知られています。

    123万円の壁:2024年の税制改正により、給与所得控除と基礎控除の合計が123万円に引き上げられたことで、年収が123万円以下であれば所得税がかからないケースが出てきました。
     

  • 社会保険上の「扶養の壁」

    106万円の壁:従業員数51人以上の事業所で、週20時間以上などの要件を満たすと社会保険への加入義務が発生。

    130万円の壁:勤務先の規模に関わらず、年収が130万円以上になると社会保険の扶養から外れ、自身で国民健康保険・国民年金に加入する必要があります。
     

これらの壁を従業員が誤解しているケースも少なくありません。
正確な情報を提供することで、従業員の不安を解消し、働きやすい環境を整えることが求められます。
 

最低賃金上昇をチャンスに変える!賃上げ促進税制の活用法

最低賃金の大幅な引き上げは、人件費の増大や「扶養の壁」による人材流出のリスクをもたらします。

しかし、この変化は経営改善のチャンスでもあります。

国が賃上げに積極的な事業者を税制面で支援する「賃上げ促進税制」を賢く活用すれば、人件費の負担を軽減しつつ、従業員の満足度向上と経営の安定化を両立させることが可能です。
 

賃上げ促進税制の基本的な仕組み

賃上げ促進税制とは、従業員に支払う給与等の支給額を増やした事業者に対して、その増加額の一部を法人税や所得税から差し引くことができる制度です。
この制度は、大企業向けと中小企業・個人事業主向けで要件や控除率が大きく異なりますが、本記事では中小企業・個人事業主向けに絞って解説します。
 

  • 適用要件
    給与等支給額を前年度より1.5%以上増加させること。
     

  • 税額控除率
    賃上げの実施状況に応じて、最大45%もの税額控除が受けられます。
    ただし、控除できる金額には上限があり、法人税額または所得税額の20%までと定められています。
     

この制度を利用することで、賃上げにかかるコストを国が一部負担してもらえるため、クリニックは従業員の待遇改善に踏み切りやすくなります。
 

クリニックが受けられる税額控除の具体的なシミュレーション

賃上げ促進税制を活用した場合、具体的にどれくらいの税金が安くなるのかをシミュレーションしてみましょう。

  • 前提条件

    従業員数:5名

    前期の給与等支給額:1,500万円

    賃上げ額:150万円(給与等の10%増)

    法人税額(または所得税額):100万円
     

  • 税額控除額と控除上限額の違い

    税額控除額とは、賃上げ額に対して計算される控除額のことです。

    控除上限額とは、税額控除額を適用できる、最終的な税金の最大値を指します。

    賃上げ促進税制は、この2つのうち金額が低い方が適用されます。
     

  • 税額控除額

    要件:給与等支給額を1.5%以上増加させること

    税額控除額:増加額150万円 × 15% = 22.5万円
     

  • 控除上限額

    法人税額(または所得税額)100万円 × 20% = 20万円

    この場合、税額控除額が控除上限額を上回るため、20万円が適用されます。
     

このシミュレーションからわかるように、賃上げ促進税制を最大限に活用すれば、年間で数十万円規模の節税効果が期待できます。
これは、賃上げにかかるコストの多くをカバーできるため、クリニックの経営安定化に大きく貢献します。
 

賃上げ促進税制を適用するための3つのステップ

賃上げ促進税制のメリットを最大限に享受するためには、正しい手続きを踏むことが不可欠です。ここでは、税制を適用するための具体的な3つのステップを解説します。

ステップ1:賃上げの計画と実施

まず、賃上げの計画を立て、実際に給与を増額します。
従業員の給与総額を前年度より1.5%以上増やすことが要件となります。
 

ステップ2:必要書類の準備と届出

賃上げを実施したら、税制を適用するために必要な書類を準備します。主な書類は以下の通りです。

  • 法人の場合

    ①法人税申告書

    ②別表六(二十四)「給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除に関する明細書」

    ③別表六(二十四)付表一「給与等支給額、比較教育訓練費の額及び翌期繰越税額控除限度超過額の計算に関する明細書」

    ④適用額明細書
     

  • 個人事業主の場合

    ①所得税確定申告書

    ②給与等の支給額が増加した場合の所得税額の特別控除に関する明細書
     

ステップ3:税額控除の申告

確定申告の際には、ステップ2で準備した必要書類を忘れずに添付し、税額控除を申告します。

この制度は、当初申告(最初に提出する申告書)でのみ適用可能であり、期限後申告修正申告では利用できないため注意が必要です。
この手続きを忘れてしまうと、せっかく賃上げを行っても税制のメリットを受けることができません。
申請方法が複雑に感じる場合は、専門家である税理士に相談することをお勧めします。
 

まとめ:変化をチャンスに変える経営戦略を

最低賃金の大幅な引き上げは、クリニック経営にとって無視できない課題です。
人件費の増大や「扶養の壁」による人手不足など、一見するとネガティブな要素が多いかもしれません。

しかし、この記事で解説したように、賃上げは「コスト」ではなく「未来への投資」と捉えることが重要です。
国の支援制度である「賃上げ促進税制」を賢く活用すれば、税負担を軽減しながら、従業員の満足度を高め、優秀な人材の定着に繋げることが可能です。

変化の波にただ流されるのではなく、税制優遇という追い風を味方につけて、クリニックの経営をさらに安定・発展させていきましょう。

私たち税理士法人シーガルは開業医・医療法人専門の税理士法人ですので、税務顧問業務のほか、医療法人設立、一般社団法人による診療所開設、医院経営に関するご相談なども対応可能です。

この記事では、最低賃金がクリニックに与える影響と賃上げ税制の活用に焦点を当てて解説しました。しかし、クリニックの節税対策には、他にも役員報酬の見直し設備投資の活用医療法人化など、多岐にわたる選択肢が存在します。

これらの対策を単体で実行するのではなく、自院の経営状況に合わせて組み合わせることが、手元に残るお金を最大化するための鍵となります。

クリニックの節税対策の全体像を知りたい方は、「【開業医・医療法人専門税理士解説】クリニック経営者のための節税対策」をご覧ください。

この記事の監修者

中込 政博

税理士法人シーガル

代表社員/

税理士・公認会計士

中込 政博

あずさ監査法人・辻本郷税理士法人を経て、税理士法人シーガルを設立。税金に関する相談はもちろんのこと、公認会計士ですので、医業経営についてもぜひご相談ください!

遠藤 大樹

税理士法人シーガル

代表社員/

税理士・行政書士

遠藤 大樹

医療特化会計事務所・税理士法人山田&パートナーズを経て、税理士法人シーガルを設立。医師・歯科医師に対する税務顧問の他、相続税申告や相続対策・医業承継もお任せください!

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